登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
ノナ「どうして……この
僕「なるほど。ありがとう、ノナちゃん。
そんなふうに質問してくれると、ノナちゃんが何を知りたいと思っているか、わかりやすくなるね。
ノナ「計算
僕「でも、
ノナ「計算……計算しなくてもいい
僕「うん。じゃあ、この方向にいっしょに進んでいこうか」
ユーリ「お兄ちゃんの《先生トーク》が炸裂するぜ!」
ユーリがそんな軽口を叩いて、ノナは笑った。
ノナとユーリと僕の三人は、 リビングでおしゃべりをしている。
ノナが抱いている(らしい)数学の疑問を探りながら進んでいるところ。
僕「
ユーリ「ちょっと待って。いま同じこと二回言わなかった?」
僕「『
ユーリ「それ、大事な話? それとも細かいところへのこだわり?」
僕「両方だよ。何かの本に、
ノナ「……」
僕「先生が、
ユーリ「えー」
ノナ「恐い
ユーリ「だよねー! 先生が黒板に式だけ書いて腕組みして黙ってじっとこっちを見てたら恐すぎるって。 『……はい、みなさんが静かになるまで、五分かかりました』って怒られるやつじゃん! ヤバし」
僕「勝手に余計な演出を入れるなよ。 一つの式をぽつんと置いただけで表せる主張は限られてるっていう話をしてるんだよ」
ユーリ「わーってる、わーってるって。軽いジョークじゃん」
僕「先生はたいてい、黒板に式を書いて口で説明を補ってる。
『この式は
ノナ「計算
僕「そうそう。『
ユーリ「うわ、くど! くどさ、ここに極まれり」
ノナ「計算しなくてもいい
僕「うん、そうだよ。
ユーリ「……」
ノナ「……」
二人の少女は、僕の言葉に急に沈黙した。
二人とも同じように真剣な顔をしている。 でもきっと、二人は違うことをそれぞれに考えているんだろうな。
僕は彼女たちが自分の考えをまとめ、それを言葉にするのを待つ。
待つ、待つ、待つ。
僕は、静かに待つ。
いま二人はそれぞれに、 僕の話から気付いた《何か》を考えている。
その《何か》はまだ言葉になっていないけれど、 彼女たちはその《何か》をはっきり形にしようと試みている。
たとえていうならそれは、 とても破れやすい紙を使って折り鶴を作ろうとしているようなもの。
あるいはまた、 どんな風に積み上がっているのかわからないジェンガの積み木を、 そっと動かしているようなもの。
そんなところにうっかり声は掛けられない。
その試みはとても繊細な作業であり、 ほんのちょっとしたことでぶちこわしになってしまう。 考えているときに話しかけられるショックの大きさ、 僕にはよくわかっている。
僕は、彼女たちの邪魔をしないように待つ。
ノナ「
僕「もちろん、計算といっていいよ」
僕の答えにノナは、ほっとした顔になる。
僕「ただ、僕が言おうとしてたのはこういうこと。
そこでノナは、片手を左から右にすうっと動かした。
ノナ「こう……こうですか
僕「そうだね! 文字が書かれているとき、
僕たちはふだんは左から右に読んでいくから、
左辺を計算したら右辺になるという流れは伝えやすい。
その方が自然に理解できるから、
ほとんどの場合は左辺を計算した結果を右辺に書く。
でもそれはイコール(
ノナ「大丈夫
僕「いまの僕の説明は何となくわかったかなあ」
僕の問い掛けに、ノナはこくんと肯いた。わかった、ということだ。
彼女の表情と応答スピードから、 僕はノナが確かに理解しているという手応えを得た。
いまの話はつい早口になってしまった。 以前から何度か考えていたことだったからだ。 イコールという記号、等式という形を使って、 計算というものを説明しているという話だ。
記号や文字や式は言葉であって、 表したい概念そのものじゃない。 概念を書き表して伝達するために、 あるいは概念を書き表して思考の助けとするために、 記号や文字や式を使っている。
記号や文字の並べ方や式の組み立て方を学ぶことは大事だけど、 それは数学に出てくる概念を学ぶことそのものとは違う。 いや、違うと言い切るのも良くないけれど……
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