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第375回 シーズン38 エピソード5
遠心力という見かけの力(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

テトラ《大きさがある》というだけの違いなのに、質点と剛体ではずいぶん違うものなんですねえ……」

ここはの高校の図書室。

いまは放課後。

はいつものように後輩のテトラちゃんとおしゃべりをしていた。

先日、いとこのユーリと話していた物理学の話題だ。

いまはテコの原理第371回参照)から始まって、 質点と剛体第372回参照)の違い、 力のモーメント第373回参照)、そして剛体に働く力の三要素第374回参照)について話したところ。

「そうだね。質点には大きさはないけれど、剛体には大きさがある。 それだけでずいぶん話が変わってくるねえ。 それだけと表現していいかどうかわからないけどね」

テトラ「《大きさがある》ということから、 剛体の《どこ》に力が掛かるかが問題になってくる……ユーリちゃん、そんなふうに考えるってすごいと思います。 あたしはまったくそんなふうには考えが及びません」

「《大きさがある》ということからは、 《どこ》に力が掛かるかということだけじゃなくて、 さらに《回る》ということについても考える必要が出てくるよね、そういえば」

テトラ「回転運動と並進運動のことですね。 《テコの原理》が回転運動に関係しているというのも、言われてみればなるほどです。 テコが動くというのは支点を中心に棒が回転することを意味するわけですから……」

テトラちゃんは《テコの原理》と言いながら、 長い棒を使って《よいしょ》と動かすジェスチャをする。

きっと彼女の中では重い物体をテコで動かしているんだな、きっと。

しばらく見ていると、彼女は両手を合わせてこぶしを作り、図書室の天井を見上げながら、ゆっくりと手を回し始める。

今度は何を考えているんだろう……

「……テトラちゃん?」

テトラ「はうっ! す、すみません。ちょっと考えごとをしていました」

「だよね。何を想像してたの?」

テトラ「砲丸投げ、です」

「砲丸投げ!」

テトラ「あ、いえいえ、正確には砲丸投げじゃなくてですね……先日、見たクイズのことなんです」

「クイズ?」

テトラ「はい。こんな物理クイズです。それを思い出していました」

クイズ

図のように、糸の付いたおもりが滑らかな机の上で一定の速さで円を描いて回転しています。

固定点には机にピンが打ってあり、糸はおもりと固定点にあるピンを結んでいます。

さて、ある瞬間に糸が切れたとします。切れた瞬間の位置から、おもりはどの向きに飛んでいくでしょうか

糸の伸び縮み、空気の抵抗、糸とピンの摩擦、机とおもりの摩擦は考えないものとします。

「なるほど。確かに物理学の問題だね」

テトラ「先輩は、このクイズの答え、わかりますか? あたしは間違えてしまったんですが……」

「うん、わかるよ。切れた瞬間のおもりの位置を接点とした円の接線を引いて、こっちの向きにおもりは飛んでいく」

テトラ「正解です!」

クイズの答え

「テトラちゃんは、どう答えたんだろう」

テトラ「あたしは、もっと外側に——こっちの向きに飛んでいくと思いました。でも、これは、間違いでした……」

テトラちゃんの答え(誤り)

「なるほど」

テトラ「正解は先輩の答え通りなんですけれど、あたし、まだ納得してません。あたしのイメージでは、やっぱり接線よりも外側に飛ぶんです」

「そうだねえ……イメージしたり想像したりするのはすごく役立つけど、 でも、この問題に限らず、力学の問題を考えるときは正しい道筋をたどっていかないと」

テトラ「正しい道筋……と、いいますと?」

「それは、すべての力を見つけること。力学では《力》を考えて解きほぐしていくから」

すべての力を見つけよう

テトラ「はい……あたしもそう思って、すべての《力》を考えたつもりなんですけれど」

「このクイズの場合は、おもりの運動を考えようとしているから、 《おもりに掛かる力》をていねいに考えていくことになる」

テトラ「はい、そうですが……」

「糸が切れる前と切れる後で話を分けて考えようか。 まずは糸が切れる前だね」

テトラ「はい。おもりには糸がつながっていて、おもりは回転運動をしています。それは問題文にある通りですからわかります」

「ではこの回転運動しているおもりには、どんな力が掛かっているだろうか。 これは力学の問題を考えるときの基本的な問いになるよ。《すべての力を見つける》ために」

テトラ「あの……あたしの考えたことを言ってもいいでしょうか」

「もちろん、どうぞ」

テトラ「あたしは、回転運動しているおもりの様子を想像しました。 そしてここには二つの力が働いていると思ったんです」

「二つ」

テトラ「はい。その二つというのは、糸がおもりを引っ張る張力と、回るときにおもりに掛かる遠心力です」

「なるほどねえ……その他には?」

テトラ「いえ、あたしが考えたのはその二つだけです。 そしてその二つの力がつりあっているので、 おもりはどこかに飛んでいかず、ぐるぐる回っているのだと考えました。 あたしの考えは、まちがっていますか?」

「うん、そうだね。まちがっているよ」

テトラ「えっ!……え、ええっと」

「ごめんね。でも、それはよくある間違い」

テトラ「糸はおもりを引っ張ってますよね?」

「うん、それは正しい。 張力と呼ばれる《糸からおもりに働く力》があるのは正しいよ。 糸は確かにおもりを引っ張っている」

テトラ「はい」

「正しくないのは、ここで遠心力を持ち出すこと。 ちゃんと段階を踏んで考えれば遠心力というものを持ち出してきてもいいんだけど、 いまここで遠心力を持ち出すのはまちがっている……と考えた方がいい」

テトラ「そうなんですか。あたしはてっきり……」

「話があちこちになるとわかりにくくなるし、かえってごちゃごちゃするから、順を追って話すね」

テトラ「はい……」

おもりに働く力を列挙する

「おもりに働く《すべての力》を見つけるときには、パパッと考えるんじゃなくて、順序立てて考えるといいよ。 まず、

  • おもりに触れているものから働く力
  • おもりに触れていないものから働く力
に分けて考える。 まわりからおもりに働く力は、この二種類しかない」

テトラ「……それは、そうですね。おもりに力を掛けているものが、触れているか、それとも触れていないか。 二つに一つですから」

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(2022年11月18日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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