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第369回 シーズン37 エピソード9
曲線を裏返す(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

ある日の放課後、がいつものように図書室に行くと、 テトラちゃんがノートに向かい、うなっていた。

「今日は《ライオンテトラ》なの?」

テトラ「あ、先輩! 《ライオンテトラ》とは何でしょうか?」

「いや、ガルルル……ってうなってたからね。 テトラちゃんが《ライオン》になったのかなって思ったんだ」

テトラ「《ライオンテトラ》よりも《テトライオン》がいいですね——って、テトラはライオンじゃありませんし、 ガルルルなんてうなってませんようっ! ……うなってました?」

「ちょっとね」

テトラ「あたしは、 村木先生からの《カード》で式の計算をしてたんです」

「ああ、カージオイドの続き?(第367回参照)」

テトラ「あ、いえ、そうじゃありません。村木先生から、こんな問題を新たにいただいたんです」

新たな《カード》に挑戦!

テトラちゃんがもらった《カード》

平面上に二点 $F_1(-a, 0),F_2(a, 0)$ があります。 $a$ は正の実数です。

《線分 $PF_1$ と線分 $PF_2$ の長さの積は $a^2$ に等しい》という条件を満たす点 $P$ が作る曲線を $L$ とします。

曲線 $L$ について自由に考察してください。

「なるほど。曲線 $L$ は楕円かな?」

テトラ「えっ!」

「おっと、違うね。一定なのは《和》じゃなくて《積》か。ごめんごめん。楕円じゃなかった」

テトラ「ああ、びっくりです。一瞬で答えがわかる問題なのかと思っちゃいました」

「もしも $PF_1$ と $PF_2$ の《和》が一定の点 $P$ を考えるなら、 点 $P$ が作る曲線は楕円になる。 だから、二つのピンに糸を張って、糸がたるまないようにして線を描くと、楕円が描ける」

$PF_1 + PF_2$ という《和》が一定の点 $P$ は楕円を描く

ピン鉛筆のイラストは「いらすとや」さんから)

テトラ「ああ、それは聞いたことがあります」

「うん、でも、この《カード》に書かれているような《積》が一定の場合は知らないなあ。曲線 $L$ はどんな曲線なんだろう……」

$PF_1\cdot PF_2$ という《積》が一定の点 $P$ が描く曲線 $L$ は、どんな曲線?

テトラ「はい。あたしも『$L$ って、どんな曲線になるんだろう』と思いました」

「線分 $PF_1$ と線分 $PF_2$ の長さの積が一定値 $a^2$ に等しい……つまり、こういうことだね」

$$ PF_1\cdot PF_2 = a^2 $$

テトラ「そうです。あたしも、これと同じ式を立てて計算を進めていたんです……けれど、 まだ全然《わかった感じ》がしていません。そうだ! あたしがどんなふうに考えたか、 話を聞いていただけますか?」

「もちろん!」

線分の長さ(二点の距離)を考える

テトラ「あたしはまず《カード》に書かれている二点 $F_1(-a, 0), F_2(a, 0)$ を描きました。 それから適当なところに点 $P$ を描いて、その座標を $P(x, y)$ と表すことにしました」

点 $F_1(-a, 0)$ と、点 $F_2(a, 0)$ と、点 $P(x, y)$

「うん、いいよ」

テトラ「それから、《カード》に書かれている条件を、 $a, x, y$ を使った数式で表そうと思いました」

「うんうん、自然な流れだ」

テトラ「先輩は先日、

 数式で表現することは《お友達》になったしるしの一つ

とおっしゃってましたよね(第368回参照)。 だから、この点 $P$ や曲線 $L$ と《お友達》になるために数式で書こうと思ったんです」

「なるほど」

テトラ「《カード》に書かれている条件というのは、

 《線分 $PF_1$ と線分 $PF_2$ の長さの積は $a^2$ に等しい》

というものですが、これはさっき先輩が書いてくださった、 $$ PF_1 \cdot PF_2 = a^2 $$ と式で表せます。ですからこの式を $x, y, a$ を使った式に書き換えていきます」

「うん」

テトラ「まず線分 $PF_1$ の長さは、 $$ PF_1 = \SQRT{(x - (-a))^2 + (y - 0)^2} $$ になります。ごちゃごちゃしてますけど、いまは勘違いしないようにわざと冗長に書いているんです」

「いやいや、よくわかるよ。点 $P(x, y)$ と点 $F_1(-a, 0)$ の距離だ。 ココとココに $-a$ と $0$ をそのまま入れたという意味だよね」

$$ PF_1 = \SQRT{(x - \FOCUS{(-a)})^2 + (y - \FOCUS{0})^2} $$

テトラ「はいはい、そうです。また、線分 $PF_2$ の長さも同じように考えて、 $$ PF_2 = \SQRT{(x - a)^2 + (y - 0)^2} $$ になります。点 $F_2$ の座標は $(a, 0)$ だからです。 これで、 $PF_1 \cdot PF_2 = a^2$ は $x,y,a$ を使った式に書き換えることができます。 つまり…… $$ \begin{align*} PF_1 \cdot PF_2 &= a^2 \\ \SQRT{(x - (-a))^2 + (y - 0)^2}\cdot \SQRT{(x - a)^2 + (y - 0)^2} &= a^2 \\ \SQRT{(x + a)^2 + y^2}\cdot \SQRT{(x - a)^2 + y^2} &= a^2 \end{align*} $$ ……ということです」

線分 $PF_1$ と線分 $PF_2$ の長さの積は $a^2$ に等しい(点 $P$ が満たすべき条件)

$$ PF_1 \cdot PF_2 = a^2 $$

$$ \SQRT{(x + a)^2 + y^2}\cdot \SQRT{(x - a)^2 + y^2} = a^2 \qquad \cdots\cdots\heartsuit $$

「うんうん。着々と計算が進んでいるね」

テトラ「はい。この $\heartsuit$ の式、 $$ \SQRT{(x + a)^2 + y^2}\cdot \SQRT{(x - a)^2 + y^2} = a^2 $$ で《カード》に書かれた条件はすべて表されていると思いました。 つまり、ポリア先生の《条件はすべて使ったか》という問いかけへの答えはYesです」

「おお!」

テトラ「それはいいんですが、 $\heartsuit$ の式を見てもさっぱり《わかった感じ》がしません。 なので——この左辺の式を計算することで、もっと簡単な式が作れるんじゃないかと思いました。 『$L$ って、そういう曲線なんですね!』 と声を上げたくなるような式です」

「そこで、計算を始めた……と」

テトラ「はい、そうです。 $\heartsuit$ の式全体に、 $x, y, a$ という文字が散らばっていますので、 計算を進めていって、文字を整理すれば《何か》がわかるはずだと思ったんです」

「すばらしいな!」

テトラ「き、恐縮です」

「テトラちゃんは、自分の考えた道筋を言葉にして表現できるんだね。 だから、いま話を聞いていて、テトラちゃんがどんなふうに考えたかがよくわかったよ」

テトラ「そんなこと言われると……何だか照れちゃいます」

「僕も、いまのテトラちゃんと同じように考えることがよくあるよ。 文字が散らばっていたり、式が整理されていなかったりするとき、 まずは式をちゃんと整理してみようと思うんだ。 そうすれば、きっと、面白いことが《何か》見つかるはずだと考える」

テトラ「はい……」

「それで、この $\heartsuit$ から計算を進めていったんだね」

$$ \SQRT{(x + a)^2 + y^2}\cdot \SQRT{(x - a)^2 + y^2} = a^2 \qquad \cdots\cdots\heartsuit $$

テトラ「はいっ! そうです、そうです」

テトラちゃんは元気よくそう言うと、進めていた計算を見せてくれた。

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(2022年9月16日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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