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第33回 シーズン4 エピソード3
驚異のシグマ(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/数列の広場』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/数列の広場』として書籍化されています。

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図書室にて

いつもの放課後。 が図書室に行くと、後輩のテトラちゃんが熱心に本を読んでいた。 ……というか、テトラちゃんはいつでも熱心なんだけれどね。

「テトラちゃん、今日は読書なんだね」

テトラ「あ! 先輩! は、はい。そうなんですが、ちがうんです」

テトラちゃんの読んでいる本をのぞきこむと、 たくさんの数式が書かれていた。しかも、にも難しいような数式だ。

「テトラちゃん、すごい本読んでるね!」

テトラ「いえいえ、とんでもないです。読んでるわけじゃなくて、見てるだけなんですが……」

「見てるだけ?」

テトラ「はい……あたし、この本に書かれてる数式が読めるわけじゃないです。 ただ、その、ええと、先輩やミルカさんがよく難しい数学のお話をなさっているので、 あ、あたしも…」

「それで、こんな難しい数学書を読み……見始めたの?」

テトラ「はい、そうです。でも、やっぱり無謀でした。 ながめていても理解できるわけではないですよね」

「まあ、そうだけど。そういうふうに難しい本をのぞいてみるのは 僕もやることがあるよ。さすがにこの本は僕にも難しすぎるかな」

テトラ「あ、そうなんですね!」

数式の不思議な文字並び

テトラちゃんの隣の席に座ると、 テトラちゃんはちょっと首をかしげながら話し出した。

テトラ「数式って不思議な文字の並び方していますよね」

「文字の並び方ってどういうこと?」

テトラ「あのですね、普通の文……たとえば英文って、"This is a sentence." のように一列に並ぶじゃないですか」

「一列? ……まあそうだけど」

テトラ「でも、数学だと文字が上に行ったり下に行ったりします」

「ああ、そういうこと? そうだね。テトラちゃんがいうのはこういうことだね?」

数式で文字が上に行く例(指数)

$$ a^3 \qquad x^2 \qquad 2^n $$

テトラ「そうですそうです!」

「ここに書いた《上に行く文字》は冪乗べきじょうで使う指数だよね。何個を掛けているかを表す数」

$$ \begin{align*} a^3 &= \underbrace{a \times a \times a}_{\REMTEXT{$3$個}} \\ x^2 &= \underbrace{x \times x}_{\REMTEXT{$2$個}} \\ 2^n &= \underbrace{2 \times 2 \times \cdots \times 2}_{\REMTEXT{$n$個}} \\ \end{align*} $$

テトラ「はい」

「《下に行く文字》のは、添字のことかな」

数式で文字が下に行く例(添字)

$$ a_3 \qquad x_2 $$

テトラ「こちらは先ほどの指数とはまったく違う意味になりますよね」

「そうだね。この添字は数列の『何番目』の項なのかを表したり、複数個の変数を扱う時の番号に使ったりするよね」

$a_k$ が数列の $k$ 番目の項を表している例

$$ a_1, a_2, a_3, \ldots, a_k, \ldots $$

$x_k$ の $k$ が変数を区別する番号として使われている例

$$ \left\{\begin{array}{llll} x_1 + x_2 + x_3 &= \alpha \\ x_1x_2 + x_2x_3 + x_3x_1 &= \beta \\ x_1x_2x_3 &= \gamma \\ \end{array}\right. $$

テトラ「はい……文字が上に行くか下に行くかでまったく意味がちがいますよね」

「確かに言われてみれば不思議な並び方か——慣れればそうでもないんだけどね」

テトラ「一つ一つはわかるんですが、文字がたくさん出てくると、 頭の中で文字がからみあうみたいになって、頭がわああっ、となっちゃうんです」

テトラちゃんは頭を抱える。

「うん……ねえ、テトラちゃん。テトラちゃんは英語が得意だよね」

テトラ「はい。得意とはいえませんけど、大好きです!……それが?」

「ほら、同じ単語でも出てくる場所によって意味が変わる単語ってあるよね。 たとえば、"that"みたいに。 長い文章のあちこちに出てくる that はその文脈に合わせて考えると意味が決まる。 でも、読み慣れていればいちいち辞書を引いて『ここでのthatの意味は……』なんて 考えなくても読めるよね」

テトラ「ははあ……なるほどです。そういえばそうですね。 慣れるまでは時間がかかりますけれど」

「数学——数式もそれと同じだよ」

テトラ「?」

「慣れるまでは時間がかかる。でも慣れてくれば読めるようになる」

テトラ「ああ、そういうことですか」

「テトラちゃんは文字が上に行く、下に行くって話をしたけれど、 あれは数式を読む人への《手がかり》になってるんだよ。 そういう意味では、英語よりも親切かもしれないね」

テトラ「文字の位置が手がかりなのですね。あっ! それって楽譜とも似てます!」

The Mutopia Projectより

「なるほど! 確かにそうかもしれないね。 数式は、いろんな文字や記号が出てきて、 その位置が読む手がかりのひとつになるところは楽譜と似てるね。 そうだそうだ、《世界共通の言葉》になってるところも楽譜と似てる」

テトラ「言葉! 数式が言葉!?」

「そうだよ。知らない外国語——たとえばロシア語とかフランス語とか——で書かれた数学の本でも、 本文は読めなくても数式は読める。 数式だけを見ていって何の話なのかわかることもあるよ」

テトラ「へ、へえ……外国語で書かれた数学の本。あたりまえですけど、そういうものもあるわけですか!」

「うん、この図書室にもあるよ。一回ぱらぱらっと見たことがある」

驚異のシグマ

テトラ「一つの文字が指数のように上に行ったり、添字のように下に行ったりするくらいならいいんですが、 ときどきものすごい式がありますよね。たとえば、先輩、こういうものです。 こんな式、どう読めばいいんでしょう?」

「どれ?」

$$ \sum_{k=1}^n f_k(x) $$

テトラ「こういう数式が出てくると、 つい『うわわわっ、こんな難しい数式、あたしにはだめですっ!』と 思ってしまうんです」

「これはそんなに難しくないよ」

テトラ「先輩、ひとめでわかるんですか!」

「いやいや、この数式がほんとうには何をいいたいのかは、 この本の前後を読んでみないとわからないけれど、 この数式をどう読み解くかはそんなに難しい話じゃない。 あれだよ、テトラちゃん。英語の構文解釈。あれと似てるよ」

テトラ「といいますと?」

「うん。英文で使われている名詞の意味がわからなくても、 主語はこれで、目的語はこれだなとわかることがあるよね。 それと似てる。この数式 $\sum_{k=1}^n f_k(x)$ を読んでみようか?」

テトラ「お願いします!」

数式を解読する

「それじゃ、 $\sum_{k=1}^n f_k(x)$ を解読してみよう」

テトラ「はい!」

「最初に出てくる $\sum$(シグマ)は、数式に慣れていない人から嫌われるんだよね」

テトラ「その気持ち、ちょっぴりわかります。 大声で『難しいぞ!』といってますよね、このギリシア文字! 顔文字で 驚きの気持ちを表すときにも使いますし!」

「ははは、確かにそうだね。 いまテトラちゃんは $\sum$ のことを文字っていったけど、 ここでは $\sum$ は文字というよりも和を求める記号として使われているんだよ」

テトラ「和を求める記号……ですか」

「そうだね。和——つまり足し算の結果を求めるという記号。 だから $\sum$ が出てきてもむやみにこわがる必要はないんだ。足し算なんだから」

テトラ「ははあ……」

練習してみよう

「たとえば、 $\sum$ を使った簡単な数式で練習しよう。 $\sum_{k=1}^{3} k$ という数式は、 $1+2+3$ を表している。 $1$ と $2$ と $3$ の和だね」

$$ \sum_{k=1}^{3}k = 1 + 2 + 3 $$

テトラ「先輩先輩先輩! この数式、左辺と右辺の難しさにすごおくギャップがあります!」

「うんうん、そうだね。左辺の $\sum_{k=1}^3 k$ は難しそうだけど、 右辺の $1+2+3$ は易しそうだ。というか実際に易しい」

テトラ「どんなふうに読めばいいんでしょうか」

「$\sum_{k=1}^{3}k$ という数式では、 小さな数式が三か所に分けて書かれているよね。 $k=1$ と、 $3$ と、 $k$ のことだよ」

テトラ「はい、そうですね」

「さっきテトラちゃんは、数式が上に行ったり下に行ったりするっていってたけど、 ここでもそうだね」

テトラ「あ、確かに。位置によって意味が決まる……?」

「そうそう。 $\sum_{k=1}^{3}k$ の下にある $k=1$ と、上にある $3$ は《和を求める範囲》を表しているんだ」

テトラ「和を求める範囲……これだと、 $1$ と $3$ の範囲ということですか?」

「そうそう! そういうこと。 $\sum$ を使った数式は、複数のものの和を求める数式になるんだけど、 $\sum$ の下と上にある小さな数式 《$k = 1$》と《$3$》で《変数 $k$ は $1$ 以上 $3$ 以下の範囲の整数》ですよ、と表現している。 つまり、《$k=1,k=2,k=3$ という範囲で動かして和を求めなさい》と表現している。表現というか、指定というか」

テトラ「先輩のお話をうかがっていると、なんだか $\sum$ も易しいみたい……です!」

「実際、書き方についていえばとっても簡単な話なんだよ。でね、じゃあその $k$ を動かして和を求めたい数式は何かというと、 それが $\sum$ の右側に書いてある《ここ》になる。これを《和の本体》というんだ」

テトラ「はい……よくわかりました。ですから結局、 $\sum_{k=1}^{3}k$ は $1$ と $2$ と $3$ の和を求めることになるんですね」

「うん。一般的に書けば、 $\sum$ はこうなる」

$\sum$ の読み方

次の式は、 【ア】以上【イ】以下の範囲で整数 $k$ を動かしたときの【ウ】の和を表す。

$$ \sum_{k=\REMTEXT{【ア】}}^{\REMTEXT{【イ】}} \REMTEXT{【ウ】} $$

※【ウ】のことを《和の本体》と呼ぶ。

テトラ「よくわかりました!」

「いくつか例を見てみようか。あのね……」

テトラ「あ、あたしが作ってみます。《例示は理解の試金石》ですから!」

「おお!」

《例示は理解の試金石》——これは、僕たちが大事にしているスローガンだ。 抽象的なことや複雑なことを「理解した」かどうかを試すには、 「例を作る」のがいいという意味になる。 理解しているかどうか不安になったら、例を作ろう。

 ・適切な例を作ることができたなら、自分は理解している。

 ・適切な例を作ることができなかったら、自分は理解していない。

テトラ「$\sum$ を使った数式の例を作りますっ! まず、先ほど先輩が書いてくださったものと同じ式です」

$$ \sum_{k=1}^{3}k = 1 + 2 + 3 $$

「……」

テトラ「それから、たとえば、そうですね、次は、こういうのではだめでしょうか?」

$$ \sum_{k=1}^{3}k^2 = 1^2 + 2^2 + 3^2 $$

「いいよ、とてもいいね。《和の本体》に $a_k$ を使ったらどうなる?」

テトラ「$a_k$ ですか……はい、 $k$ を $1,2,3$ と変えればいいんですよね」

$$ \sum_{k=1}^{3}a_k = a_1 + a_2 + a_3 $$

「そうだね!」

テトラ「調子がでてきましたよう! こんなのも」

$$ \sum_{k=1}^{5}2^k = 2^1 + 2^2 + 2^3 + 2^4 + 2^5 $$

「いいね。今度は範囲も変えてみたんだね」

テトラ「はい!」

「それじゃ、ミルカさんの真似をして《クイズ》を出すね」

クイズ

次の式を計算してみよう。

$$ \sum_{k=1}^{3} 1 $$

テトラ「簡単ですよっ!……え、ええ?」

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(2013年6月14日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/数列の広場』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/数列の広場』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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